インド・ヨーロッパ語族における一人称単数代名詞の歴史
英語、ドイツ語、フランス語、ロシア語といったヨーロッパの多くの言語は、「インド・ヨーロッパ祖語」(Proto-Indo-European; PIE)という祖先を共通してもちます。
このインド・ヨーロッパ祖語から発展した言語をまとめて、「インド・ヨーロッパ語族」と呼びます。
インド・ヨーロッパ語族という名称からわかるとおり、ここに含まれる言語はヨーロッパのものに限りません。
インドで話されるヒンディー語をはじめ、ベンガル語やペルシア語といったアジアの言語にも、インド・ヨーロッパ祖語から発展したものがあります。
たとえば、「母」を表す単語として、英語mother、ドイツ語Mutter、フランス語mère、ロシア語мать (mat’)という単語がありますが、これらはすべてインド・ヨーロッパ祖語の*méh₂tērから発展した語になります。
インド・ヨーロッパ祖語については文字として記録が残っているわけではないので、*méh₂tērは理論的に再構された形で、語頭の*は再構された形であることを表しています。
今回は、一人称単数代名詞がインド・ヨーロッパ祖語からどのように変化して、現在の英語のIやロシア語のя (ja)になったのか調べてみました。
なお、今回の調査には英語版Wiktionaryを使用しました。
英語版Wiktionaryで単語を調べると、インド・ヨーロッパ祖語まで遡って語源が記載されていることがあります。
英語のIの語源を調べてみると、最終的にはインド・ヨーロッパ祖語の*éǵh₂にたどり着くことがわかりました。
インド・ヨーロッパ祖語の*éǵh₂からどのような変化を経て各言語の現在の形になったのか、早速ですが図を作成してみました。
インド・ヨーロッパ語族に含まれるすべての言語を図に記載していたら途方もない作業になってしまうので、一部の言語のみをピックアップして記載しています。
文字が小さくて読めないと思うので、適宜拡大してみてください…。
祖語は青色、現在は使われないものは灰色、現在も使われているものは橙色で示しました。
ロシア語のя (ja)とポーランド語のja、イタリア語のioとスペイン語のyoなど、枝分かれの距離が近いものについては類似性がわかりやすいと思います。
英語のIとロシア語のя (ja)など枝分かれの距離が遠いものについても、順番に辿っていくと実は関係していることがわかります。
今回調べてみて初めて知ったのですが、英語でもichという代名詞が19世紀まで使われていたらしいです。
これはドイツ語のichと同じ形ですね(発音は違うかも)。
その後英語ではichという形は廃れて、Iを用いるようになりました。
上の図だと英語に一番近いのはドイツ語ですが、英語のI (アイ)とドイツ語のich (イッヒ)、一見すると発音がかなり異なっているように思えます。
実は、英語でIが「アイ」と発音されるようになったのは割と最近のことで、それ以前は文字通り「イー」と発音されていました。
Iを「イー」と発音すると考えれば、ドイツ語のich (イッヒ)との関連も少しはわかりやすくなりそうです。
Iを「アイ」と発音するようになった時期ですが、英語では1400年代から1600年代にかけて大母音推移(Great Vowel Shift)という現象が起こり、この過程で発音が大きく変化しました。
iの例を挙げると、たとえばtimeはもともと文字通り「ティーメ」と発音されていたのが、大母音推移によって「タイム」と発音されるようになりました。
自分は言語学の知識があるわけではないので間違っているところがあるかもしれませんが、以上が今回の調査内容となります。
また気が向いたらこういう感じの投稿をしたいと思います。