アルファベットと発音

アルファベットと発音

古典ギリシャ語には以下のアルファベットがあります。

音価については古典期(Classical period)のものです。
古典期というのはおよそ紀元前500年から紀元前300年頃のことで、この頃には小文字はありませんでした。

大文字小文字音価
Αα[a]
Ββ[b]
Γγ[g]
Δδ[d]
Εε[e]
Ζζ[zd]
Ηη[ɛ:]
Θθ[tʰ]
Ιι[i]
Κκ[k]
Λλ[l]
Μμ[m]
Νν[n]
Ξξ[ks]
Οο[o]
Ππ[p]
Ρρ[r]
Σσ/ς[s]
Ττ[t]
Υυ[y]
Φφ[pʰ]
Χχ[kʰ]
Ψψ[ps]
Ωω[ɔ:]

Σの小文字にはσとςの二つの形がありますが、ςは語末で使用し、それ以外の場合はσを使用します。

二重母音

二重母音がいくつかありますが、その中でもυを含むものの発音に注意が必要なので、以下に紹介します。
υの本来の発音は[y]ですが、以下の二重母音では[u]の発音に変化します。

  • αυ [au]
  • ευ [eu]
  • ηυ [ɛ:u]
  • ου [u:]

補助記号

古典期のテキストでは表現されない発音を表すための補助記号があるので、以下に紹介します。

長母音

ηとωについてはそれぞれ[ɛ:]、[ɔ:]と発音する長母音ですが、α、ι、υについても長母音になる場合があります。
これをそれぞれ、ᾱ、ῑ、ῡと表します。

α、η、ωについて、ᾱι、ηι、ωιという二重母音をそれぞれᾳ、ῃ、ῳと表すことがあります。

気息記号

語頭の母音に[h]の音がつくことがあり、これを気息記号(breathing mark)を用いて表現します。

  • ἀ [a]
  • ἁ [ha]

上に示したように、左向きの記号は無気(smooth breathing)を表し、母音をそのまま発音します。
一方、右向きの記号は有気(rough breathing)を表し、[h]の音を伴って発音します。

実際の単語の例を以下に紹介します。

  • ἁρμονίᾱ「調和」(harmony)
  • Ἡρακλῆς「ヘラクレス」

語頭のυとρは必ず[h]の音を伴います。

  • ὑμεῖς [ῡ]「あなたたち」
  • ῥήτωρ「演説者」

長音記号のついている母音に気息記号とアクセント記号をつける場合、単語本体には気息記号とアクセント記号を付加し、長母音であることは単語の後ろに括弧で示すことがあります。
ですので、ὑμεῖς [ῡ]の場合、最初のὑは長母音[hy:]の発音になります。

アクセント記号

鋭アクセント

鋭アクセント(acute accent)はάのように表します。
鋭アクセントのある音節は他の音節よりも高く発音します。

  • βιβλίον「本」
  • πόλεμος「戦争」
  • ἄνθρωπος「人間」
  • ἀγαθός「よい」

鋭アクセントは語末から3音節以内に付きます。
最後の音節(ultima)が長母音または二重母音の場合、最後から3番目の音節(antepenult)に鋭アクセントをもつことはできません。
このルールを満たしながら、可能な限り語頭に近い音節にアクセントをもとうとする単語が数多くあり、このようなアクセントを「後退的な」(recessive)アクセントと呼びます。

後退的なアクセントの例として、πόλεμος「戦争」の格変化を紹介します。
πόλεμοςの前についているὁは定冠詞で、名詞と同様に格変化します。

単数複数
ὁ πόλεμοςοἱ πόλεμοι
τοῦ πολέμουτῶν πολέμων
τῷ πολέμῳτοῖς πολέμοις
τὸν πόλεμοντοὺς πολέμους

最後の音節が長母音または二重母音になると、最後から3番目の音節にアクセントをもつことはできず、最後から2番目の音節にアクセントが移動します。

複数主格のアクセントがπόλεμοιとなっていてルールに反するように見えますが、アクセントを考える際、οιとαιについては例外的に二重母音とはみなしません。
このため、最後から3番目の音節にアクセントをもつことができます。
ただし、οιςのように子音がつく場合は二重母音とみなすので、複数与格のアクセントは規則通りπολέμοιςとなります。

曲アクセント

曲アクセント(circumflex accent)はᾶのように表します。
曲アクセントは語末から2音節以内の長母音または二重母音につき、母音の前半を高く、後半を低く発音します。

  • μῦσος「神話」
  • νῆσος「島」
  • μοῖρα「運命」
  • σῶμα「体」

最後の音節(ultima)が長母音または二重母音の場合、最後から2番目の音節(penult)に曲アクセントはつきません。
νῆσος「島」の格変化を紹介します。

単数複数
ἡ νῆσοςαἱ νῆσοι
τῆς νήσουτῶν νήσων
τῇ νήσῳταῖς νήσοις
τὴν νῆσοντὰς [ᾱ] νήσους

最後の音節の母音が長母音または二重母音になる場合、曲アクセントが鋭アクセントに変化しています。
なお、οιについては鋭アクセントの場合と同様に二重母音とはみなさないので、複数主格のアクセントはνῆσοιとなります。

重アクセント

重アクセント(grave accent)はὰのように表します。
重アクセントのある音節は、アクセントのない音節と同じように発音します。

最後の音節が鋭アクセントをもち、その後に休止(pause)または前接語(enclitic)が続く場合、鋭アクセントはそのまま保たれます。
休止というのは、たとえば文の終わりなどです。
逆に、最後の音節に鋭アクセントをもつ単語がそれ以外の位置に現れる場合、鋭アクセントは重アクセントに変化します。

  • ἀνὴρ ἀγαθός「よい男」
  • ἀνὴρ ἀγαθός ἐστιν.「(彼は)よい男である」

上の例で、ἀγαθός「よい」のアクセントに注目します。
一つ目の例は、後に語が続かない場合で、ἀγαθόςの鋭アクセントがそのまま保たれます。
二つ目の例のἐστί(ν)はεἰμί「〜である」の3人称単数現在形で、これは前接語なので、ἀγαθόςの鋭アクセントがそのまま保たれます。


前接語について少し補足しておきます。
たとえば英語の"I’m"の"'m"や"don’t"の"'t"は前接語で、前にある語と融合して発音されます。

ἐστί(ν)は本来鋭アクセントをもちますが、この鋭アクセントが前の単語に移動し、ἐστί(ν)はアクセントを失います。
ἀγαθόςは元々最後の音節に鋭アクセントをもつので、発音上の変化はありません。
以下に、鋭アクセントが移動する例を示します。

  • ὁ Σωκράτης φιλόσοφός ἐστιν.「ソクラテスは哲学者である」
  • ἄνθρωπός τις「ある人間」

一つ目の例では、ἐστίνの鋭アクセントがφιλόσοφοςの最後の音節に移動しています。
二つ目の例のτιςも前接語で、「ある」(a certain, some)という意味を表しますが、鋭アクセントがἄνθρωποςの最後の音節に移動しています。


鋭アクセントがそのまま保たれる場合を紹介しましたが、逆にそれ以外の場合は重アクセントに変化します。
以下の例のἀνὴρとἀγαθὸςに注目してください。

  • ἀνὴρ ἀγαθός「よい男」
  • ἀγαθὸς ἄνθρωπος「よい人間」

定冠詞についても同様に、鋭アクセントをもつ場合は重アクセントに変化します。
たとえば、定冠詞の中性単数形はτόですが、後ろに名詞を従える場合、τὸ βιβλίον「その本」のように重アクセントに変化します。

その他発音の注意事項

σはβ/δ/γ/μの前で[z]になります。

  • σμέν「(私たちは)〜である」
  • Λέσβος「レズボス島」

γはκ/γ/χ/ξの前で[ŋ]になります。

  • γγελος「使者」-> 英: angel
  • Σφίγξ「スフィンクス」

古典ギリシャ語由来の英単語

古典ギリシャ語由来の英単語は多数ありますが、いくつか紹介したいと思います。
日本語訳については英語版Wiktionaryの記載を管理人が日本語に訳したものなので、もしかすると間違っているところがあるかもしれません。

  • alphabet「アルファベット」<- ἀλφάβητος「アルファベット」
  • hero「英雄」<- ἥρως「(トロイア戦争の)英雄」
  • rhythm「リズム」<- ῥυθμός「繰り返される動き、リズム」
  • orchestra「オーケストラ」<- ὀρχήστρᾱ「コーラスが踊る場所、舞台」
    • 「コーラス」(chorus; χορός)という語も古典ギリシャ語由来
  • democracy「民主主義」
    • <- δημοκρατίᾱ「民主主義」
    • <- δῆμος「市民」+ κράτος「力」
  • technology「技術」<- τέχνη「技術、芸術」+ -λογίᾱ「〜学」
  • euthanasia「安楽死」
    • <- εὐθανασίᾱ「幸せな死」
    • <- εὐ-「よい」 + θάνατος「死」
  • euphony「心地よい音」
    • <- εὐφωνίᾱ「声がよいこと」
    • <- εὐ-「よい」+ φωνή「音」
  • euphemism「婉曲表現」
    • <- εὐφημισμός「婉曲表現」
    • <- εὐφημίζω「よい言葉遣いで話す」
    • εὐ-「よい」+ φήμη「神託」+ -ἰζω (動詞を作る接尾語)
  • catastrophe「大惨事」
    • <- καταστροφή「ひっくり返すこと、服従させること」
    • <- καταστρέφω「服従させる」
    • <- κατα-「後ろに、下に」+ στρέφω「ひねる」

英語表記については、基本的に、ギリシャ文字の音価に対応するラテン文字に置き換えているだけです。
帯気音θ、φ、χについては、それぞれth、ph、chとなります。
また、語頭のῥについてはrhとなります。

biology「生物学」やgeology「地質学」など、-logyを含む英単語は複数ありますが、これは-λογίᾱ「〜学」から来ています。
-λογίᾱという接尾語はλόγος「言葉、考え、説明」から来ています。

ἀπο-「離れて」(away) + λόγοςからἀπολογίᾱ「何かを擁護するための発言」となり、これがラテン語とフランス語を経由して英語に入り、apology「謝罪、弁明」となりました。
管理人はapologyという単語で最初に思い浮かべる日本語訳が「謝罪」なのですが、語源からすれば「弁明」の方が正しいですね。
(cf. The Apology of Socrates)

古典期には存在しなかったものや概念を命名する際にも、古典ギリシャ語が使われることがあります。
たとえば、以下のような語です。

  • helicopter「ヘリコプター」<- ἕλιξ「らせん」+ πτερόν「翼」
  • schizophrenia「統合失調症」<- σχίζω「分ける」+ φρήν「心」
  • tetrapod「テトラポッド」<- τετρα-「四つの」+ ποδός (πούς「脚」の単数属格)