事象の地平面

2024年4月27日

シュワルツシルト解の特異点

前回紹介したとおり、シュワルツシルト解は以下のようなものです。

$$ ds^2=-(1-\frac{r_s}{r})dt^2+\frac{dr^2}{1-\frac{r_s}{r}}+r^2d\Omega_{\rm{II}}^2 $$

$r_s=\frac{2GM}{c^2}$はシュワルツシルト半径です。

シュワルツシルト解は$r=0$と$r=r_s$でいくつかの項が発散するため、二つの特異点をもつように見えます。
$r=r_s$における特異点のことを座標特異点(coordinate singularity)と呼び、これは適切な座標を選ぶことによって取り除くことができます。
一方、$r=0$の特異点は取り除くことができず、このような特異点のことを重力の特異点(gravitational singularity)と呼びます。

リーマンテンソルから構成できる座標依存しない以下のようなスカラー量(クレッチマン不変量)を計算してみます。
(管理人は計算してないです、Wikipediaに書いてありました)

$$ R^{\alpha\beta\gamma\delta}R_{\alpha\beta\gamma\delta}=\frac{12r_s^2}{r^6}=\frac{48G^2M^2}{c^4r^6} $$

ここからもわかるように、$r=0$において曲率が無限大に発散してしまいます。

事象の地平面

曲面$r=r_s$を事象の地平面(event horizon)と呼びます。
半径$r$がシュワルツシルト半径$r_s$よりも小さくなった物体は重力崩壊を起こしてブラックホール(black hole)となります。

ここで、$r=r_s$における座標特異点を取り除くために、以下のような座標変換を行います。

$r>r_s$について、

$$ \left\{ \begin{align*} &T=(\frac{r}{r_s}-1)^{\frac{1}{2}}e^{\frac{r}{2r_s}}\sinh(\frac{t}{2r_s}) \\ &X=(\frac{r}{r_s}-1)^{\frac{1}{2}}e^{\frac{r}{2r_s}}\cosh(\frac{t}{2r_s}) \end{align*} \right. $$

$0<r<r_s$について、

$$ \left\{ \begin{align*} &T=(1-\frac{r}{r_s})^{\frac{1}{2}}e^{\frac{r}{2r_s}}\cosh(\frac{t}{2r_s}) \\ &X=(1-\frac{r}{r_s})^{\frac{1}{2}}e^{\frac{r}{2r_s}}\sinh(\frac{t}{2r_s}) \end{align*} \right. $$

このように$T,X$を設定すると、

$$ T^2-X^2=(1-\frac{r}{r_s})e^{-\frac{r}{r_s}} $$

となるので、シュワルツシルト半径$r=r_s$は曲線$T^2-X^2=0$に対応します。
このようにして導入された座標$T,X$をクルスカル座標(Kruskal coordinates)と呼びます。

クルスカル座標を用いてシュワルツシルト計量を表すと、

$$ \begin{align*} ds^2&=-(1-\frac{r_s}{r})dt^2+\frac{dr^2}{1-\frac{r_s}{r}}+r^2d\Omega_{\rm{II}}^2 \\ &=\frac{4r_s^3e^{-\frac{r}{r_s}}}{r}(-dT^2+dX^2)+r^2d\Omega_{\rm{II}}^2 \end{align*} $$

となり、$r=r_s$で正則になります。

ここの計算を自分でもやってみたのですが、結局よくわかりませんでした。
わからないところをわからないままにしておくのはちょっと気持ち悪いですが、この先の議論に特に影響があるわけでもないので、今はそのままにしておきます。

動径$r$の方向に飛ぶ光の経路($d\Omega_{II}^2=0$)に注目します。
$ds^2=0$となるような$(T,X)$が光の経路なので、$-dT^2+dX^2=0$となればよいです。

$(T,X)=(T,X(T))$とすると、

$$ -dT^2+dX^2=(-1+(\frac{dX(T)}{dT})^2)dT^2=0 $$

なので、

$$ -1+(\frac{dX(T)}{dT})^2=0 $$

より、

$$ \frac{dX(T)}{dT}=\pm 1 $$

これより、$X$の初期値を$X_0$とすると、$X(T)=X_0\pm T$となります。

時空の構造を調べるため、以下の三つの光線に注目します。

  1. $X=X_0+T\;(X_0>0)$
  2. $X=T$
  3. $X=T-T_0\;(0<T_0<1)$

$X=X_0+T\;(X_0>0)$の場合

この光線の軌道についてその位置$r(T)$が満たす式は、

$$ (\frac{r(T)}{r_s}-1)e^{\frac{r(T)}{r_s}}=X^2-T^2=X_0^2+2X_0T $$

時間$T$が経つにつれて$r(T)$が無限大に増大することから、この領域の光線は無限遠に飛び去ることがわかります。

$X=T$の場合

$$ (\frac{r(T)}{r_s}-1)e^{\frac{r(T)}{r_s}}=X^2-T^2=0\Leftrightarrow r(T)=r_s $$

時間$T$が経過しても光線は$r=r_s$にとどまるため、$r=r_s$から発した光線は無限遠に到達できないことがわかります。

$X=T-T_0\;(0<T_0<1)$の場合

$$ (\frac{r(T)}{r_s}-1)e^{\frac{r(T)}{r_s}}=X^2-T^2=T_0(T_0-2T) $$

光線は$(T,X)=(T_0,0)$からスタートした後、曲率特異点$r=0\Leftrightarrow X^2-T^2=-1$に有限時間$T=\frac{1}{2}(T_0+\frac{1}{T_0})$で当たってしまいます。
つまり、この場合にも光線は無限遠には到達できません。


上に示したとおり、$r=r_s$は光によって十分遠方の観測者に信号を送ることができるかどうかの境界となっており、$r=r_s$の位置にある球面を事象の地平面(event horizon)と呼びます。
事象の地平面の内部の現象は、外部から光やその他のいかなる手段をもってしても直接観測することができません。

無限遠と因果的曲線(ヌル(光的)か時間的方向の曲線)で結ぶことのできない時空領域のことをブラックホール(black hole)と呼び、ブラックホールの境界面が事象の地平面です。
この定義からすると、ブラックホール領域の位置を定めるためには、無限遠を含む時空全体の構造に関する情報が必要となるため、時空の有限領域の情報が与えられただけでは、事象の地平面の位置を定めることはできません。

ブラックホールの性質として以下が知られています。

  • 【一意性定理】漸近平坦かつ真空の時空における静的ブラックホール時空はシュワルツシルト時空に限られる
  • 【面積増大定理】ある物理的自然な条件下で、ブラックホールの表面積は時間について非減少となる: $\frac{dA_{BH}(t)}{dt}\ge 0$
  • 【特異点定理】ブラックホール内部領域で因果的測地線は有限の時間パラメタ以内に特異点に行きつく。ブラックホール内部には必ず特異点が存在することを表す定理
  • 【正質量定理】ある物理的に自然な条件下では、漸近平坦な時空におけるブラックホールの質量は必ず非負の値をとり、質量が0となる時空はミンコフスキー時空$g_{\mu\nu}=\eta_{\mu\nu}$のみである

先に述べたように、事象の地平面の位置を定めるためには、時空全体の構造を知る必要があります。
しかし、そのような時空の大域的な情報が得られていない場合も多いので、事象の地平面の近似として、時空の有限領域の情報だけから定めることができる見かけの地平面(apparent horizon)が用いられることがあります。

管理人が参考資料に記載されている数式を理解できなかったので説明は省略しますが、個人的に重要だと思った見かけの地平面の性質として、見かけの地平面が存在するとき、その外部には必ず事象の地平面が存在する、というものがあります。
時空が定常的な場合には、見かけの地平面と事象の地平面は一致します。