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2024年2月18日

僕はそのとき十六歳だった。事が起こったのは一八三三年の夏だった。

僕はモスクワで両親と暮らしていた。両親はカルーガ関門の近く、ネスクーチュヌイ庭園の向かい側にダーチャを借りていた。大学に向けて準備していたが、勉強はほとんどせず急いでもいなかった。

僕の自由を妨げる者は誰もいなかった。僕はやりたいことをやっていた。特に最後のフランス人家庭教師がいなくなってからはひどかった。彼は、ロシアに<爆弾のように>(comme une bombe)落とされたという考えにどうしても慣れることができなかった。必死の表情を顔に浮かべて来る日も来る日もベッドでのたうち回っていた。父は僕に無関心な優しさをもって接していた。母はといえば、僕の他に子どもはいなかったが、ほとんど僕に注意を向けなかった。母は他の心配事で頭がいっぱいだったのだ。僕の父は、まだ若くて大層見た目のよい男で、お金のために母と結婚した。母は父よりも十歳年上だった。僕の母は悲しい人生を送っていた。絶えず不安になって、嫉妬して、怒っていた。だが父のいないところでの話である。母は父をとても怖がっていたし、父は厳しく、冷たく、よそよそしい態度をとっていた…。僕はこれほどまでに上品な落ち着きがあって、自信と傲慢さを具えている人を見たことがなかった。

僕はダーチャで過ごした最初の数週間を決して忘れることはないだろう。天気はすばらしかった。三月九日に街から引っ越してきた。ちょうど聖ニコライの日である。僕は、ダーチャの庭や、ネスクーチュヌイ庭園を散策していた。関門の向こうに足を伸ばすこともあった。散策するときには何か本を、たとえばカイダーノフの講座とか、を携えていたが、本を開くことはまれで、それよりもいくつも覚えている詩を声に出して読むことが多かった。血は僕の中をあてもなくめぐり、心はうなった。甘く滑稽だった。僕はいつも待っていて、何か臆病になっていて、すべてのことに驚き、準備万端だった。夢想は決まった全く同じ考えのまわりを、明け方に鐘塔のまわりを飛び回るアマツバメのように、遊んで揺らめいていた。僕は考えをめぐらせ、悲しみ、泣くことさえあった。だがこの涙、あるいは、歌うような詩とか夕方の美しさがつれてくる悲しみを経てやってくるのは、春の芝生のようににじみ出す、沸き立つ命をもった何か若い女性的な喜ばしい感情であった。

僕には乗馬用の小さな馬がいた。僕はそいつにまたがってどこか少し遠くへ出かけていた。駆け足をさせて、馬上試合に出る騎士みたいな想像をしていた。─耳に吹く風のなんと陽気なことか!─あるいは、空に顔を向けて、その輝く光と紺碧を、開いた心に取り入れた。思い出せば、その頃女性の姿、女性の愛の亡霊とでも言うべきものは、確かな形をもって僕の心に現れることはめったになかった。だが、僕の考えることすべてに、僕の感じることすべてに隠れていたのは、半ば意識のあるような、恥ずかしいような、何か新しく、得も言えぬ甘く女性的な予感であった。

この予感、この期待は、僕の体の隅々まで染み込んできた。僕はそれを吸い込んで、それは僕の血管のすべての血の滴となって勢いよく流れた…。それはすぐに実現する定めだったのだ。

僕たちのダーチャは、いくつか柱のある木でできた地主の家と、左右に広がる二つの平屋から構成されていた。左側の平屋には安い壁紙を作る小さな工場があった…。僕は何度かそこへ出向いて、油で汚れた服を着た、痩せてぼさぼさの髪をした十数人の少年たちを見た。少年たちは酔っ払ったような顔をして絶えず木でできたレバーに飛びかかっていた。このレバーでプレス機の四角い枠を押し出して、そうして少年たちは屈強とは言えない体の重みをかけて壁紙のまだら模様を作り出すのだ。右側の平屋は空き家で借りに出されていた。ある日─三月九日から三週間経った頃─この平屋にある雨戸が開いて、そこから女性たちの顔が見えた。─どこかの所帯が引っ越してきたのだ。僕の記憶では、まさにその日の夕食の場で母が執事に、僕たちの新しい隣人がどういう人たちなのか尋ね、公爵夫人ザセキナという姓を耳にした。初めはそれなりの敬意がないというわけではなく、「あら!公爵夫人…」などと口にしたが、それから「まあ、貧しいに違いないわ」と付け足した。

「三人の御者を引き連れていらっしゃいました」と、うやうやしく料理を出しながら執事が言った。「ご自身の馬車はお持ちでないようで、家具もまあ粗末なものです」

「ええ」と母は言い返した。「それでもましなものですよ」

父が母に冷たい視線を向けたので、母は黙った。

実際、公爵夫人ザセキナが裕福な女性であるはずはなかった。公爵夫人の借りた平屋は大層古く、小さく、低く、少しでも余裕のある人々なら、そこに住もうとは思わないようなものであった。ところで、そのときの僕は、そういう話を全部聞き流した。公爵の称号は僕に何ら効果を及ぼさなかった。僕は最近シラーの『群盗』を読み終えたばかりだった。