屋根はなぜ「根」なのか

屋根は上にあるのになぜ「根」という字を使うのか、ということがふと気になりました。
正確に言えば、かつてそういう疑問を抱いていて、長らく忘れ去っていましたが、最近ふと思い出したのでちょっと調べてみました。

一般的には、「根」という字を用いる理由は縄文時代の竪穴式住居に帰されます。
当時の竪穴式住居の屋根は地面と接していたため、「根」という字を用いて屋根と呼ぶようになったというものです。
屋根が家全体を支えているようなイメージでしょうか。

ここで管理人は思いました。
確かに竪穴式住居の屋根は地面と接しているものもあり、家を支えているようなイメージもわかりますが、それを見て「根」(根っこ?)と呼ぶでしょうか。

出典が行方不明なんですが、「ね」は「高いところ」を表すという説をどこかで見かけたことがあります。
この説に従うと、「やね」は「や」(家)の「ね」(高いところ)だから「やね」となります。
この場合、「根」は「根っこ」という意味ではなく、「ね」という音を表すための単なる当て字となります。
個人的にはこっちの解釈の方がすんなりと理解できる気がします。

ちなみに「屋根」という語は万葉集に登場するため、その時代にはすでに用いられていた語だと考えられます。

板盖之 黒木乃屋根者 山近之 明日取而 持将参来
(板葺の黒木の屋根は山近し明日の日取りて持ちて参ゐ来む)

万葉集 歌番号04/0779

「根」(ね)を「高いところ」という意味だとすると、同じ字を用いる「尾根」や「高根」の意味も説明できそうです。
「尾」は山裾を表すので、「尾根」は山裾の高いところを表します。
人名や地名に用いられる「高根」についても、「高」(高いところ)+「根」(高いところ)で、めちゃくちゃ高いところ(適当)みたいな意味を表すのではないでしょうか。
「たかねの花」というときの「たかね」は一般的には「高嶺」と書かれますが、「高根」と書くのも間違いではないようです。

「根」という字は使いませんが、「みね」(峰)の「ね」も同じ「ね」(高いところ)ではないでしょうか。
「み」は「みことば」とか「みほとけ」に出てくる「み」と同じで、畏敬の念を表していると考えられます。
たぶん、山の峰には神が宿ると考えられていて(適当)、その神に対する畏敬の念が込められた表現が「みね」なのではないでしょうか。

「みね」や「やね」のように「ね」で終わる二文字の固有語の中には、「ね」を「高いところ」と捉えるといい感じで理解できる語が他にもあるのではないかと思い、とりあえず書き出してみました。

  • あね
  • いね
  • うね
  • おね
  • かね
  • きね
  • すね
  • そね
  • たね
  • とね
  • はね
  • ふね
  • ほね
  • まね
  • みね
  • むね
  • やね
  • よね

このうち、古くは「ね」ではなかったと思われる語を取り除きます。

「いね」(稲)という語を例に挙げると、単独で用いる場合は「いね」ですが、合成語の一部として使われる場合には「いな」になります。
「稲作」(いなさく)の「いな」のような感じです。

このようなa→e2 (エ段乙類)という母音交替が上代日本語では多く見受けられるそうです。
具体的に言うと、ina + *i1 = ine2というように、元々-aという形があって、それに*i1が付加されることで-e2という形が発生した、という流れです。

a + i = eという変化、個人的にはそれほど変なことではないと感じました。
現在の日本語の口語表現で「ない」(nai)→「ねー」(nē)とか「したい」(sitai)→「してー」(sitē)といった変化が起きているのと同じようなものではないでしょうか。

話を戻すと、現在の日本語において合成語で「-な」という形が用いられる語については、古くは「ね」ではなかったと考えられるので、リストから取り除きます。
具体的には以下の語を取り除きます。

  • いね─「稲作」(いなさく)
  • かね─「金槌」(かなづち)
  • ふね─「船旅」(ふなたび)
  • むね─「胸騒ぎ」(むなさわぎ)

さらに、各語をWikitionaryで調べて、再構された日琉祖語の語から古くは「ね」ではなかったと考えられるものも取り除きます。
具体的には、「たね」と「ほね」がこれに該当します。

  • たね < 日琉祖語*tanay
  • ほね < 日琉祖語*pənay

日琉祖語として*-ayという形を想定するなら、*i1が付加されてa→e2の変化が発生したというより、もともと-aiという形の語があって、合成語では-a、単独で用いるときは-e2という形を用いるようになった、という流れの気がします。
このあたり、もし詳しい人がいたらぜひ教えてください。

いずれにせよ、「たね」や「ほね」についても古くは「ね」ではなく「な」であったと考えられるので、リストから取り除くことにします。

余談ですが、「七夕」(たなばた)の「たな」が「種」であるという説があります。
もしそうなら、対応する「-な」という形が現代まだ残っている「いね」や「かね」のように、「たね」にも「たな」という形が残っていることになります。

最終的には、以下の語が残ります。
管理人の偏見と独断に基づく解釈を併せて記載してみました。

解釈
あねあ(吾)「私」+ね
元々は兄弟姉妹のうち自分よりも年上の人を表していたのでは?
うねう「?」+ね
畑で土を盛り上げて周りより高くしたところを畝(うね)というので、この「ね」は「高いところ」でいいのでは?
おねお「山裾」+ね
きね不明
すね不明
そねそ「偉大な」+ね
漢字で書くと「曽根」で、「曽」には「偉大な」という意味があるようなので、「高根」と同じような感じか?
とね利根川の利根、不明
はねは「?」+ね
「はね」は「羽根」とも書くし、空を飛ぶ鳥についているものなので、「ね」は「高いところ」と考えることもできるのでは?
まね不明
みねみ「畏敬の念を表す接頭辞」+ね
やねや「家」+ね
よね米沢のよね、不明

「根」(ね)が「高いところ」を表す説はこれくらいにして、現実としては、「根っこ」のことも「根」と言いますね。
「低いところにある根っこ」と「高いところ」だと正反対の意味を表しているような気がします。

これも無理やり仮説を立てると、英和辞典で英単語を調べると多数の日本語訳が掲載されているけど、その中心となる意味は一つ、というような感じではないでしょうか。

具体的に言えば、「根」(ね)の中心的な意味は「高いところ」で、そこから「人知を超えた何か」→「物事の根源」(生命の誕生、河川の水源、など)→「根っこ」というように、現代の日本人からすると全く異なる意味を表しているように感じるのではないでしょうか。


インド・ヨーロッパ語族に属する言語のように、日本語にも同族の言語が多数あればよかったのに、と思いました。

今回も例のごとく適当に調べて適当なことを書いているだけなので、間違っているところもあるかと思います。
この記事の内容に間違いやご意見などありましたら、お気軽にご連絡ください。
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Posted by 駄場さん